梶谷懐教授

中国の存在を考えずに世界経済を語ることはできない。1990年代以降、「世界の工場」として急成長し、世界第2位の経済規模を誇るまでになった。しかし今、その成長は失速し、不動産バブルの崩壊など深刻な問題に直面している。「米中貿易戦争」といわれる米国との対立も長く続いている。昨年、『ピークアウトする中国』(共著)を刊行した経済学研究科の梶谷懐教授(現代中国経済論)に、中国経済の現在地と今後について聞いた。

中国の不動産不況は日本のバブル崩壊とは違う

まず、中国経済の現状をどう見ていますか。

梶谷教授:

中国では1990年代初頭から20年ほど、不動産価格が上昇し続けてきました。しかし、コロナ禍の後に価格が下がり始め、その影響がさまざまなところに及んでいます。

多くの人は不動産価格が上がり続けるという前提でマンションを購入し、車などを買い、将来の計画を立てていました。ところが、不動産価格の下落でライフプランが大きく変わってしまい、消費を控える傾向が強まってきました。当初は地方都市だけの問題と見られていましたが、この2年ほどは大都市でも不動産価格が下がってきています。

現状を分析するためには、「なぜ不動産価格が上がり続けていたのか」を考える必要があります。大きな理由は、不動産の購入が老後の保障のように考えられていたからです。年金制度や雇用継続への不安から、「不動産を買っておいて、いざとなれば売却すればよい」という考えが広まり、価格上昇が続いたことで「早めに買わなければ」という意識も強まりました。マンションを2、3軒購入する人も少なくありませんでした。

しかし、価格が上昇し続けることは根拠のない期待でした。不動産不況のきっかけは、コロナ禍による経済への打撃ですが、その後、不動産業界に対する政府の規制、金融の引き締め策がさらに深刻な影響をもたらしました。もともと資金が豊富でないのに開発を続けていた不動産企業は、経営が立ち行かなくなり、不動産市場全体が冷え込んでいきました。

日本のバブル崩壊と似たような状況ということでしょうか。

梶谷教授:

日本のバブル経済は、企業の投資行動が大きく作用しました。企業による投資、商業開発によって地価が上がり、株価も上昇しました。一方、中国は基本的に土地が国有なので、バブルの対象はほぼマンションで、消費者が老後への投資として買っていたという点で日本のバブルとは異なります。

中国では、日本のバブル崩壊ほど劇的な変化が起こっているわけではありません。不動産不況によって消費が冷え込んでいますが、製造業の生産能力は健在です。不動産以外の企業に影響が広く波及している状況でもありません。ただ、国内の需要と供給のバランスが崩れ、国内ではモノが売れないので、企業が海外に活路を求めているのが現状です。

都市部の富裕層にもまだ資金力があります。そのお金は、国内の不動産という投資先がなくなった今、海外への投資に流れているといえます。

電気自動車の市場は中国が最先端

 

2019年に視察したアリババ集団の本社(浙江省杭州市)。中国を代表する巨大IT企業だ(梶谷教授提供)

中国企業には今、具体的にどのような動きがあるのでしょうか。

梶谷教授:

電気自動車(EV)、太陽光パネル、リチウムイオン電池などの輸出は堅調です。EV最大手のBYDは、日本での販売は芳しくありませんが、かつて日本車が圧倒的なシェアを誇っていた東南アジアなどで売り上げを伸ばしています。

スマートフォンやスマート家電で知られるシャオミ(Xiaomi)も、中国国内でEVの販売を始めました。シャオミなどの中国企業は、新規分野に参入する際の意思決定も、うまくいかなかった場合の撤退の決断もスピーディーです。EVはガソリン車と違い、バッテリー性能で決まる部分が大きく、スマホと同様に電子工学などのノウハウが重要になるため、シャオミのようなメーカーが参入しやすいといえます。また、中国は技術者のレベルが高く、技術者のアイデアをビジネスに変えていくエネルギーが大きいという特徴もあります。

日本企業も戦略の転換を求められますね。

梶谷教授:

かつて、多くの日本企業が安い労働力を求めて中国に進出しましたが、2000年代以降、中国企業との競争にさらされ、特に家電メーカーなどは低迷が顕著になりました。中国の労働者の賃金が上昇したこともあり、日本企業がアジアの他の地域に生産拠点を移していく流れも強まりました。これは、経済安全保障上のリスクを考えた動きでもあります。

しかし、中国から全面的に離れていくかというと、そうではありません。第1の理由は、中国の市場が非常に大きいこと。第2に、さまざまな分野で今、中国のマーケットが世界の最先端にあることです。特にEV市場では、中国で戦っておかなければ世界では通用しません。中国から撤退すると、最先端の情報の入手、人的交流ができなくなってしまう恐れがあります。トヨタもBYDと提携し、中国での競争力を強化しています。

日本企業は、中国で長く活動している例も多く、ノウハウはそれなりに蓄積されています。日本の本社が中国でのビジネスにリスクを感じていても、現地の駐在員からは「ビジネスがやりやすい」「理系技術者が優秀で話が進みやすい」といった声もよく聞きます。あまり表には出てきませんが、ニッチな分野で業績を伸ばしている企業も少なくありません。

米中間の最大の課題は技術覇権争いで、高関税ではない

「米中貿易戦争」ともいわれる米国との関係についてはどう見ていますか。

梶谷教授:

大きな課題は技術覇権争い、特に半導体の問題です。両国とも、AI(人工知能)の開発競争などで遅れを取ってはいけないという強い意識があります。アメリカがベネズエラやイランに対する攻撃を行ったのも、エネルギー安全保障の面で中国に打撃を与えることが一つの目的だといわれています。これは、中国側からすると看過できない状況です。

もう一つの問題は、トランプ政権の高関税政策ですが、これは中国だけがターゲットではありません。アメリカは同盟国を含めて広く高関税を課しており、米国連邦最高裁判所で違法の判決が出たこともあって、現段階では大きな懸念材料ではないと思います。中国は、レアアースなど、アメリカに対する交渉カードも持っています。

習近平政権は「一帯一路」構想で新興国への影響力を強めてきましたが、援助を受けた国が多額の債務を抱えるといった問題も指摘されています。構想の現状は?

梶谷教授:

2013年ごろから始まった一帯一路構想はもともと、生産能力の高さに比べて需要が弱いという中国国内の慢性的な課題が背景にありました。国内に十分な投資先がないので、アフリカ、中東、中央アジアなどの新興国に対し開発援助を広げていきました。そして、それらの国々で開発した資源を中国が輸入すれば、新興国は豊かになり、その結果、中国で生産したものを買ってくれるようになると見込んでいました。新興国への投資を新たな成長エンジンと位置付けたのです。

しかし、効率の悪い開発案件を進めるなど計画にずさんな部分があったうえ、途上国の債務問題が国際社会で非難されたこともあって、2018年ごろから開発は下火になりました。さらにコロナ禍が始まって、債務放棄をせざるを得ない状況も生まれ、新規の投資はほとんどなくなっていきました。

一方で、最近は政府でなく、企業が工場建設などの直接投資を行う動きに変わってきています。習近平政権は「質の高い一帯一路」を掲げ、地球温暖化対策に関係する投資を積極的に行うなど、投資内容にも変化が見られます。

社会保障のセーフティーネット構築が課題

 

2025年11月に視察した「第27回中国ハイテクフェア」(広東省深圳市)。AI、半導体、宇宙産業などの分野で5000社を超える企業が出展していた(梶谷教授提供)

中国内の課題として、少子高齢化や格差の問題があるように思います。その現状、政府の対策は?

梶谷教授:

少子高齢化は間違いなく大きな課題です。成長率の低下、財政負担の増大という問題を政府も意識しています。中国はかつて、日本の少子高齢化対策、特に介護保険制度や高齢者施設に関心を持っていました。中国では従来、高齢者の面倒は家族が見るという意識が強く、施設運営などの経験が不足していたからです。最近は日中の交流が難しくなり、日本の施策に学ぼうとする動きは薄れましたが、富裕層向けの老人ホームは増えています。

日本の高齢者施策は、まず公的年金を整備し、最近になって「足りない分は自分で増やしてください」とNISA(少額投資非課税制度)などの個人による資産運用を呼びかける流れになっています。一方で、中国は最初から民間サービスの活用を呼びかける姿勢が鮮明です。公的年金制度はありますが、十分な額を受け取れるのは都市部に住むホワイトカラーの正社員に限られています。政府は、都市部の若いギグワーカー(ネット上のプラットフォームを介して単発の仕事を請け負う労働者)に、年金制度加入を義務付けるといった対策を打ち出していますが、手取り額が減ってしまうので、加入が進んでいません。

格差の解消については、「共同富裕」のスローガンのもと、儲けすぎたIT企業などに利益を吐き出させ、庶民の不満を和らげていますが、低所得層の暮らしを改善することにはつながっていません。農村部の住民、出稼ぎの非正規労働者に対する社会保障制度も不十分で、今後、セーフティーネットの制度をいかに構築するかが課題です。

研究の課題、今後取り組みたい研究について教えてください。

梶谷教授:

中国政府が発表するデータの数は、習近平政権になって減っており、企業の財務データなども購入が難しくなっています。中国のマクロ経済統計は、途中で算出方法や定義を変えたり、公表した数字を後で修正したりすることも珍しくありません。しかし、すべてが信頼できないわけではなく、それらのデータを注意深く見て、考えていく姿勢が大切だと思います。最近は、中国の研究機関などが、家計調査のようなミクロデータを発表するケースも増え、その内容から分析できることもあります。

中国国内でのインタビュー調査は年々難しくなり、農村の調査はほぼ許可が下りません。ただ、最新技術の展示会に参加して企業の関係者と話し、可能ならオフィスを訪ねるといった方法で、現地の状況をできる限り把握するようにしています。

現在、中国経済の現状分析と並行し、歴史とのつながりについて研究を進めています。中国の社会制度、土地の所有形態、政府と民間企業の関係などを、明や清の時代にまでさかのぼって検討していこうとしています。それによって、現在の制度の成り立ちや背景が見えてくるのではないかと考えています。

梶谷懐教授 略歴

1994年、神戸大学経済学部卒。96年、神戸大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。96~98年、中国人民大学に留学。2001年、博士(経済学、神戸大学)。神戸学院大学経済学部准教授などを経て、2010年、神戸大学大学院経済学研究科准教授、2014年から教授。著書に『現代中国の財政金融システム』(第29回大平正芳記念賞)、『日本と中国経済』、『中国経済講義』、共著に『幸福な監視国家?中国』など。

研究者

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